T2菓子工房

チョコレートケーキ、チョコの専門店

社長挨拶

p banner01 - 社長挨拶

思えば16年前、私は津市で初めてチョコレート専門の店舗をつくりました。

100年以上続いた和菓子の販売。
先代が築き上げたお客様との信頼。
古くから地元をはじめ、福寿軒の和菓子のファンがおりました。

今まで和菓子屋だったのに、なぜチョコレートをするのか?
周囲からは反対の声がありました。
会社内からも反対の声がありました。

しかし、私は和菓子から洋菓子を好む消費者が増えるにつれ、
【庶民が食べられるチョコレート】の時代が来る、と確信しておりました。

そんな中、周囲を説得し、T2の菓子工房第1号店が誕生したのです。
その翌年以降、東京をはじめとする各地にチョコレート専門店が登場しております。

チョコレートに絞った店を出したことは、手前みそではありますが、
先見の明があったと思っております。

そして、これからも菓子の先駆けとなる仕掛けをしていきます。

ゆくゆくは同業者から問い合わせが殺到するような
菓子業界のリーディングカンパニーを目指します。

チョコレート専門店に初めて挑戦した気持ちを
これからも持ち続けていきますので、皆様、
今後ともT2の菓子工房を温かく見守って頂けますと、
大変うれしく思います。

代表取締役社長  薗部 俊夫


代表インタビュー(幼少期から現在に至るまで)

幼少~学生時代

夢はプロ野球選手で野球一筋の幼少期でした。おもちゃのバットとグローブが物心ついたころからいつも側にあったことがきっかけです。両親からは老舗の和菓子店を継いで欲しいと常日頃から言われていましたが全くその気はありませんでした。その後高校はスポーツ推薦で甲子園行き、ドラフトからプロ野球選手という夢を描いていました。しかしレギュラーになりたい、試合で使って欲しいという気持ちから監督に良いところを見せよう、監督に目立つようにしよう、監督に喜ばれることをしよう、と「監督の」ことを考え過ぎて自分が自分ではなくなってしまったのです。ある日父親の知り合いに野球を見て貰って言われた一言が大きく自分を変えました。

「今まで教えたことは全て忘れても良い。今から君がすべきことは今この一球に懸ける思いをフルスイングすることだ。待つな、積極性でいけ。結果は次についてくる。この言葉を信じて馬鹿になってやれ」

この言葉通り、次の試合でピッチャーが大暴投したボールを腰が抜ける程フルスイングしました。敵味方ともにベンチでは大笑いされましたが、私にとっては自分が今まで捉われていたものが全てとれた瞬間でした。肩に力が入っていたものが抜け、結果が出るようになってきました。


(現在の道へ進んだきっかけ)

決してプロ野球選手になることを諦めたわけではないのですが、18歳の時に、人生の1つの区切りとしてプロ野球選手とは違う業界に行くことを決めました。そのきっかけとなったのはやはり幼少期に経験した「親戚のおばさんから貰っていたお菓子」でした。実家が老舗の和菓子屋であったため、お菓子そのものは身近なものであったのですが、自分のイメージとしては饅頭かケーキか、程度しか思わなかったのです。そのためか一番言われて嬉しくない言葉は「饅頭屋」でした。ただ「親戚のおばさんから貰っていたお菓子」にはストーリーがあり、コンセプトがあり、袋をあける楽しさ、憙び、ふたを開ける時の驚き、どきどき、わくわく感がある、こういう表現が出来るのであればお菓子屋というものをしたいと思ったのですね。その瞬間から覚悟を決めてお菓子屋をやる、ということは決めていました。


覚悟の瞬間

この「T2の菓子工房」を立ち上げたときですね。何も分かっていない若造が思いだけを持って店を出したいと言い、家族がばらばらになりかけた経緯を考えると、まさに覚悟の瞬間です。そのときの覚悟は今も持ち続けていますし、もっとこうしたい、ああしたいと終わりがなさ過ぎて周りがついて来るのが大変なくらいです。

どうしたらお客様に喜んでもらえるのかを追求し続けていけば必然的にお客様はついて来てくれます。昨日の自分より今日の自分が輝いていなければ繁盛することはないと思っています。


今後の目標

「人で勝負する」、それが自分の中の最大の目標です。

真似たいと思われるような店、また真似たいんだけれどこんな人は探してもいないと言われることが目標です。小型で個々の人間力が感じられる店にしていきたいと思っています。


 

お電話での問合せはこちら